「英語が話せないから、ワーホリは無理かな…」
そう思って、憧れの海外生活を諦めようとしていませんか?
実は私も10年前、英語がほとんど話せないままオーストラリアへワーホリに来ました。
話せたのは「Thank you」「Hello」「Sorry」だけ。
毎日泣いて、語学学校にも行けなくなって、何度も心が折れました。
それでも諦めずに続けた結果、10年後の今、オーストラリアで起業して働いています。
この記事で分かること
- 英語が話せなくてもワーホリに行ける理由
- 英語ゼロから10年間で上達した具体的な方法
- 英語の不安を乗り越えるコツ
- 実際にやって効果があった勉強法
この記事では、英語が話せなかった私の10年間の体験と、どうやって乗り越えたのかを本音で語ります。
英語が話せなくて不安を抱えているあなたへ、少しでも勇気を届けられたら嬉しいです。
それでは最後まで読んでくださいね!
ワーホリでオーストラリアに来た時の英語レベル【ほぼゼロ】

私は29歳でオーストラリアに来ました。いわゆるギリホリ(30歳ギリギリでワーホリに行くこと)と呼ばれているものです。
英語の勉強は高校生まで。授業についていけず、英語のテストはいつも赤点でした。
そこから英語が嫌いになり、日本にいた頃の私の口癖は「日本から出ることなんてないから、英語なんて必要ない!」でした。
洋楽も洋画も見ない。理由は、「私に英語は必要ない!日本語最高!」でした。
今思い返すと恥ずかしいですが、当時は本気でそう思っていました。
それが突然海外に興味が出るので、人生って何が起こるかわからなくて面白いですね!(笑)
ワーホリでオーストラリアに行くと決めたのですが、
私の場合は英語に不安がありすぎたので、オーストラリア渡航前に3か月間フィリピン留学をしました。
クラスは一番下から始めました。
人生で初めて英語を猛勉強したのがフィリピンです。でも、3か月では話せるようにはなりません。
フィリピンからオーストラリアへ直接行きましたが、オーストラリアに入国した時点で自信を持って言える言葉は、
「Thank you」「Hello」「Sorry」でした。
私の英語レベルの変化【10年間】
そんな私の10年間の英語レベルの変化を表にまとめました。
| 時期 | 英語レベル | できたこと |
|---|---|---|
| ワーホリ前 | 挨拶のみ | Thank you, Hello, Sorry のみ |
| 1年目 | 最低限の日常会話少し ネイティブと話すのが怖くて最低限の会話のみ | 簡単な接客 同レベルの第二言語話者との会話 自分の思いは上手く伝えられない |
| 5年目 | 日常会話に慣れてきた | ネイティブと少しの雑談ができる ネイティブと一緒に働くが、深い話はできない |
| 6年目 | 少し自信ないが、なんとか日常会話ができる | 外国人の友達と深い話ができる 職場で電話対応を行う |
| 8年目 | 日常会話流ちょう・専門英語 | マッサージの専門用語を理解 ネイティブと一緒のクラスで授業を受ける |
| 10年目 | 自信を持ってネイティブと会話ができる ビジネス英語少し | ネイティブの友達と深い話ができる 起業、お客様対応、全て英語 |
最初は「Thank you」しか言えず英語に全く自信を持てなかった私ですが、
10年経った今、自信を持ってネイティブと英語で会話し、学びの途中ですがビジネス英語を使えるようになりました。
焦らなくて大丈夫です。少しずつ、確実に成長できます。
それでは、私がどうやって英語の壁を乗り越えたのか、体験談をお話しします。
英語が話せなくて自信を失った体験談【毎日泣いていた日々】

英語が話せなくて自信を失ったことは数えきれないほどあります。そんな私の体験談をお話しします。
英語がわからなくて毎日泣いていた
フィリピン留学では、先生がゆっくり話してくれて、理解ができないと言い直してくれるので、なんとか聞き取ることができました。
それがオーストラリアに来た途端、ネイティブのスピードになり全く聞き取れませんでした。
頭の中で一旦考えるので、私はいつも返事を返すことができないんです。
でも待ってくれないので、会話はどんどん進んでいきます。
そして言葉が出てこなくてパニックになって、自己嫌悪に陥り毎日泣いていました。
そしてせっかくオーストラリアに来たのに、英語を話すのが怖くなってしまい、外出するのが怖くなりました。
最初の1か月は語学学校とホームステイ先の往復で、学校が終わると一人でホームステイ先の近くのビーチでひたすら海を眺めるのが日課でした。
「外国の友達を作って、一緒に遊びに行く」という夢を見ていましたが、現実は違いました。
ホームステイ先のホストマザーには、「友達はいないの?」「友達と遊びに行かないの?」とよく聞かれ、
とにかく苦痛でした。
それでも憧れの海外生活を諦めることができず、英語も少しずつ勉強を続けていきました。
実は、語学学校にも行けなくなってしまったんです。
語学学校すら行けなくなった
オーストラリアに到着して、最初の4週間だけ語学学校に行きました。
日本人のいないクラスで、元々の人見知りの性格もあり、輪に全く入っていけませんでした。
クラスでは他の国の人が流ちょうに英語を話しているのを見て、更に自信を失います。
先生に当てられるのが恐怖で、緊張しすぎてさらに話せないという悪循環でした。
そして語学学校に行くのがストレスになってしまったんです。
最後の方は学校に行こうと思うと具合が悪くなり、せっかく申し込んだ学校にも行けなくなってしまいました。
英語が話せなくても諦めなかった理由

実は私は宗教二世で、そのことがきっかけで親との関係があまり良くなく、日本では常に心が病んでいて生きづらさを感じていました。
そのため日本を出た時に「二度と日本には帰らない」という気持ちを持ってオーストラリアへ来ました。
日本で心が辛くなる環境に戻るのが嫌だったんです。
英語ができなくて本当に辛かったんですが、不思議と「帰る」という選択肢は無かったんです。
何度も心が折れながらも「やるしかない」という気持ちだけで、とにかく毎日を過ごしていました。
そして後に、タスマニアへ移住することになります。

次は、そんな私が10年間のオーストラリア生活の中で、英語が上達するまでにやったことを紹介します。
英語が上達するまでにやったこと【10年間の実践記録】

英語が上達するまでに、私がやってきたことを紹介します。
今回は実際に私がやってみて、「効果があったこと」をまとめました。
【1-2年目】毎日の習慣で基礎を作る
ワーホリでオーストラリアに来て2年間続けました。
英語を勉強する毎日の習慣ができました。
- 英語で日記を書く
- 洋画を字幕無しで見る
- ディクテーション(ディズニー映画を字幕なしでセリフを書き起こす→スラスラ話せるまで一緒に読む)
英語で日記を書くと、英語で考えることが習慣化されます。おかげで英語に少しずつ慣れていきました。最初の頃におすすめです。
私はスピーキングもそうですが、リスニングも苦手でした。何言ってるか聞き取れないことが多かったんです。
これは、語学学校の先生もおすすめしていた方法で、
ディクテーションをして数か月すると、心なしか英語が以前よりも聞き取りやすくなりました。
【半年-2年目】英語環境で働く(マッサージ店)
オーストラリアに来て半年、未経験からマッサージの仕事を始めました。合計2年間働きました。
拙い英語でしたが、やる気を全力でアピールして採用されました。
職場では
- とにかく積極的に話しかける
- 間違いを気にせず話す
- わからない表現は同僚に質問しまくる
を心掛けていました。
幸い英語レベルが同じくらいの同僚がいたので、間違いを恐れずにどんどん話す事ができました。
この職場では簡単な接客英語を覚え、第二言語で自分とレベルの近い人となら会話ができる、という自信がつきました。
【2年目-】日常で英語を話す環境を作る
職場で出会った人と付き合うことになり、 日常でも英語を使うようになりました。
彼も英語が第二言語だったので、お互い完璧じゃない英語で会話。
英語が上達したかは微妙ですが、「毎日英語を話す」という練習ができました。
少しだけ英語を話すことに抵抗がなくなりました
【3年目-】ネイティブしかいない環境で働く(スパセラピスト)
オーストラリアに来て3年目。タスマニアに移住後、 スパセラピストとして働き始めました。
突然ネイティブのオーストラリア人やニュージーランド人と働くことになり、緊張とプレッシャーで押しつぶされそうでした。
でも「やるしかない」と腹を括って、毎日仕事をしていました。
そしてこの頃の私は、本当に自信が無かったんですが、自信のある振る舞いができるようになりました。
職場でとくに心掛けていたことは、
- 英語を話す時は、大きな声で話す
- 英語でわからないことはすぐに聞く→フレーズを覚えて練習
- 接客に必要な英語フレーズ集を作って部屋で練習
- 同僚にも積極的に話しかける
- 同僚が使っている英語のフレーズを全部真似して使う
最初は早口の英語が聞き取れず苦労しましたが、徐々にオーストラリア英語の訛りにも慣れていきました。
【6年目】自分と気の合う外国人の友達を作る
スパセラピストとして働いていた時に出会った外国人の友達も、私が英語を上達するきっかけになりました。
永住権を目指してオーストラリアに来ている人たちなので、皆共通して英語レベルがすごく高いんです。
オーストラリアに来て6年目です。
その当時、英語を使っていましたが、普段の生活では英語を話すと緊張して疲れてしまうことが多かったので、
自分には向いていないと思っていました。
それがこの時に出会った友達は英語が完璧じゃなくても、もっと話したい、一緒に過ごしたい!
と思える人たちだったんです。そんな人たちと、一緒に過ごしていく中で、日常会話ならできる!という自信につながりました。
【8年目】専門的な英語を学ぶ(マッサージ資格)
オーストラリアに来て7年目で、マッサージの自宅サロンを開業しました。
そして8年目にはマッサージの資格を取るために学校にも通いました。
医学用語や解剖学など専門用語は難しかったですが、英語の幅が広がり大きな学びとなりました。
クラスメイトのほとんどがオーストラリア人だったので付いていくのに苦労しましたが、
卒業するころには先生の言っていることが英語でもスッと理解できるようになりました。
この時に心掛けていたことは
- わからないことは細かく質問する
- わからない単語は全部調べる
- 理解するまで、何度も文章を読み返す
でした。
【8年目-】オーストラリア人ネイティブととにかく話す
オーストラリアに来て8年目。
自宅サロンに来るお客さんと会話をする中で、オーストラリア訛りに慣れていき聞き取れるようになりました。
食材を買う時はいつも同じお店に買い物に行くので、そこでの会話も楽しめるようになりました。
そしてタスマニアでローカルの友達ができ、今ではオーストラリアの家族のような存在になりました。
【10年目】オーストラリアで起業した今思うこと
起業して、素敵なお客様にも恵まれて、英語を使って楽しく会話ができるようになりました。
お客様とのやりとりも全て自分ひとりで英語でできるようなるなんて、自分に驚いています。
今でも英語が聞き取れない時や、知らない単語はたくさんあります。文法も完璧じゃありません。
でも昔のように英語に対してネガティブな感情は抱かなくなりました。
昔は英語ネイティブと話すことがすごく怖かったんです。 でも今は、自分から話しかけられるようになりました。
10年前、「英語が話せない」と悩んでいた自分からは考えられないほど、大きく成長できました。
そしてタスマニアへ移住したことは、私の中で大きな転機となったんです。
タスマニアでプラントベースの食事に出会い、心も体も軽くなりました。


英語が上達した私の勉強法チェックリスト【まとめ】
10年間で私が英語を上達するために意識していたことをまとめました。
- 英語で日記を書く
- 洋画を字幕なしで見る
- 英語を英語のまま理解するため、できるだけ翻訳を使わずに文章を読む(理解できるまで何度も読む)
- 英英辞書を使う(英語の単語を英語で調べる)
- ディクテーション(セリフを書き起こす→その後スムーズに読めるまで何度も読む)
- 外国人の彼氏を作る(毎日英語を話す環境)
- 英語環境で働く(最初は英語をあまり使わない職場→その後ネイティブの職場に挑戦)
- 間違いを恐れずに話す
- 聞き取れない時は、恥ずかしがらずに何度も聞く
- 理解できない時は、ゆっくり話してもらうように頼む
- わからない表現はすぐ質問する
- 自信が無くても大きな声で話す
- 英語フレーズ集を作って練習
- ネイティブ同僚のフレーズを丸パクリして使う
- 気の合う外国人の友達を作る
- 英語で専門的なことを学ぶ
- ネイティブととにかく話す
全部を一度にやる必要はありません。できることから取り入れて、少しずつ始めてください!
英語が話せなくても挑戦はできる!【まとめ】

いかがでしたか?
この記事では英語が話せなかった私の10年間の体験を紹介しました。
10年前の私は「Thank you」しか言ず、 毎日泣いて、語学学校にも行けなくなって、何度も心が折れました。
でも諦めずに続けた結果、今ではオーストラリアで起業して、英語で仕事をしています。
やる気がさえあれば、憧れの海外生活ができるんです。
**この記事のポイント**
- 英語が話せなくてもワーホリに行ける
- 英語はあきらめなければ必ず上達する
- 10年間で起業するまで成長できた
あなたにもできます!英語の不安で夢をあきらめないでください。
間違いを恐れずに一歩踏み出してみてください。
一度きりの人生、自分のやりたいことに挑戦してみてくださいね!
この記事を読んで、「私もワーホリに挑戦したい!」と思ったあなたへ。
まずは小さな一歩から始めてみてください。
あなたのワーホリが素敵な経験になりますように!応援しています!
英語レベル別の具体的な勉強法については、現在執筆中です!
公開したらこちらのブログでお知らせしますので、 ブックマークして、また遊びに来てくださいね♪
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


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